フィリピンでの大火災の後は?1軒に10人以上住むマニラで50軒が全焼

ダゴノイマーケット火災カバー

いつもご訪問ありがとうございます。

マニラで火災が起こったときのお話です。

2015年6月の大火災 30世帯以上が全焼失

2015年6月26日のSan Andres Bukidでの火災が発生しました。

現地報道でも大きく取り上げられました。
マニラ在住の方はどこかでニュースご覧になったかもしれませんね。

https://newsinfo.inquirer.net/700989/fire-hits-residential-area-in-san-andres-manila

San Andres Bukidの場所

このSan Andres Bukid(サンアンドレスブーキッド)という場所、位置的にはマニラの東西方向で中心あたりにあります。

火災が発生したのはDagonoy Public マーケットとという市場のちょうど目の前。

Dagonoy(ダゴノイ)マーケットまで行くには

Dagonoy(ダゴノイ)マーケットまでの行き方は次のとおり。

  1. 鉄道LRTのビトクルズ駅で降りる
    LRTの始点EDSAからは15分くらい
  2. ジープで15分程乗り、Nakarという通りで降りる
  3. 徒歩で10分くらい歩くまたはトライシクルを捕まえる

ということで、一応行き方は書いたものの観光の方はほぼ行かないというか何らかの足がないと行けない場所にあります。

San Andres Bukidの火災の日

夜8時に出火して夜中12時に鎮火するまで、50軒強が全焼

報道では30軒ほどと報じられていますが、自身の家も焼けた知人は50軒くらいだと言っているので、ここでは50軒としています。

隣の家に寄り掛かるようにして建っているから、燃え移るのが早いこと早いこと。

上述の知人の隣に住むおばあさんが使っていたろうそくが火元だったそうです。

知人いわく「このおばあさんの家族は火災に気がついたものの、”家事だ!”とは周囲の家々に叫んで知らせたりはしなかった」そう。

周辺の家々も燃え広がってから慌てて逃げたそうです。

「どうしてすぐ知らせないのか」と知人は当然憤っていましたが「なぜ火事を起こしたのか」と問わないところに、私、心を打たれたのです。

火災から見えるマニラの姿

私が翌土曜日に現場に行った時には、朝、バランガイ(町会のようなもの)の人がお粥を炊き出しする横で
代議士が自身の名前が大きく書かれたノートと鉛筆かなんかを大量に配っていました。

次回選挙のためにここぞとばかりに選挙活動ですな。

ちなみに政治家は葬式が出せない人々に葬式費用も出して、票を稼ぐ(買う)ことをするのがフィリピンです。

フィリピンは政治面についてはかなり問題があるのは間違いないでしょう。

火災からの復旧作業 住民が自分で家建て直す

7/2木曜日、家を建て直すためのブロックとセメントが到着。

ダゴノイマーケット火災 (2)

ブロックは全部で600個で50軒強なので、1軒10個とセメント一袋ずつ分配。

ブロック10個って、直線に床に並べたら終わりくらいの分量ではあるけれども。

ダゴノイマーケット フィリピンでの大火災

こんなかたちで、住民が自身で災害後の対策をするという。

日本だと災害後は国や地域が対策して当然という認識ですが、お国変わればだいぶ事情が違うことはお分かりいただけたでしょう。

双方、違った意味で問題を抱えてはいるけれども。

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